不器用な僕たちは。 

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黒の教団ほど人使いの荒い職場は、この広い世界中を探してもそうはないと思う。
俗に言う、『きつい・汚い・危険』の三拍子が揃った、
若者に人気のない職場ナンバーワンと言っても過言ではない。


そんな教団で働くエクソシストたちに、
今、束の間の休日が与えられようとしていた。


嵐の前の静けさとでも言うのだろうか。
此処のところ世界中を騒がせていたAKUMAたちの姿が、
ぱったりと目撃されなくなっているのだ。



「まぁ、世の中が幸せなのは、いいことなんですけど……」
「確かにこれから大変な事が起こる前触れみたいで気味が悪いけど、
 コムイ兄さんが言うには、エクソシストがわざわざ出向くような
 有力な情報もないみたいだし……。
 この際、神様がくれたお休みだと思ってのんびりしてみたらどうかしら?」
「そうですね。僕はまずじっくり腹ごしらえでもしましょうかね?」



アレンとリナリーは、いきなり舞い込んできた休日の知らせに、
どうして過ごそうかと互いに計画を練っていた。



「けど、他の皆さんは、こういう日には一体何をしてるんでしょう?」



ふと脳裏をよぎった素朴な疑問を口にする。



「う〜ん、そうね……ラビは多分、図書館あたりで本探しでしょ?」
「へぇ、以外に真面目なんですね」
「そう。ラビはああ見えてブックマンの修行中だから。
 任務に出てるときは女の人ばっかり追いかけてるけど、
 ホームに居る時は、結構しっかり勉強してるみたいよ?」
「あはは……」



確かにリナリーの言うとおり、ラビはああ見えて真面目なのかもしれない。
人は見かけによらぬもの。
普段真面目に見える人ほど、実はいい加減で、
以外にだらしなかったりするのかもしれない。


そう思ったアレンは、ふとある人物を思い浮かべた。
任務に厳しく真面目一辺倒で、
おしゃべりひとつしない厳格な人間……神田ユウのことを。



「そういえば、神田も今日はお休みですよね? 
 彼はきっと休みとか関係なく、鍛錬でもしてるんでしょうか?」



いくら人が見かけによらなくても、神田に限っては間違いなどあるはずもない。
あの仮面のように綺麗な顔が、そこいらの戯言で崩れる様など、
アレンには想像もつかなかった。



「あぁ、そういえば、最近神田が休みの度に街に出掛けてるって言ってたわね。
 珍しいこともあるもんだって、兄さんが驚いてたから……」
「えっ? あの神田がですかっ?」
 


神田が街に出かけている。それも一度出かけると、夜遅くまで帰って来ないという。
きっと任務に関係する何かを探してるのか、
はたまた一人でAKUMA探しのパトロールでもしているのだろうか。
神田が遊びや私用で休日を潰すなんて、アレンには考えられなかった。



「……へぇ……きっと、神田は神田なりの、何か大切な用でもあるんでしょうね」



咄嗟に神田を庇護する台詞を紡ぐ。



「あら、アレンくんって神田と仲が悪いのかと思ってたけど……
 以外に彼のこと信頼してるのね?」
「えっ!そっ、そんなことある訳ないじゃないですかっ!
 ぼっ、僕は別に神田のこと庇ってる訳でも何でもないですから!
 変な誤解しないでくださいよっ、リナリー?」
「うふふ…わかってるわよ」



リナリーは何か含みのある笑顔で、愛想良く笑ってみせた。
いつもいがみ合っている二人が、本当は互いの存在を認め合っていることを、
リナリーは知っていた。


会えば憎まれ口を言い、喧嘩ばかりしている。
嫌いなら互いに傍に寄らなければいいことなのに、
そうしないのは二人がお互いを意識しているからに違いない。



───まったく、二人とも素直じゃないんだから……。



軽い溜息をつきながら、
彼女は目の前の幼い少年の恋の行く末を案じるように微笑んでいた。



そっか、神田は街に出掛けてるのか……。
 


とりわけ街に用事がある訳ではなかったが、
あわよくば神田にバッタリ会って、わぁ偶然ですね……
なんて言いながら神田と街を散策する。



そういうのも悪くないかな?
ふと考えながら、口元を緩ませる。


アレンが神田に惹かれているのは、彼自身も自覚していた。
出会った瞬間、一つ間違えば殺されていたかもしれないというのに、
何故だかあの凛とした黒い瞳に魅入られてしまったからだ。
 

自分にない何もかもを持ってる、強い人。
会えば嫌味ばかり言われるのに、それでも何故か一緒に居たいと思ってしまう。
そんな自分の感情が何なのかを確かめようと、
アレンは気が付くといつの間にか神田を目で追うようになっていた。


何とかして彼と一緒に居ようとしたが、当の神田はそれを許してくれず、
事あるごとにアレンを邪険に扱う。
それでもへこたれず、悪態をつきながらも傍に居たお蔭で、
今では嫌な顔をしながらも何となく隣に居る事を許してくれるようになった。
 

そういえば、神田と二人で街を散策した事など無い。
いつも誰かが一緒で、アレンは神田と話すというより、
その第三者を通して彼に話しかけるというパターンが多い気がする。
 

これは滅多にないチャンスかも!
 

思いついたが吉日。
アレンはすぐに身支度を整えると街へと繰り出した。
久しぶりに出た街は、まるでこの世が危機に曝されているなど、
微塵も感じさせないほどに賑わっていた。
 

色とりどりの華やかな衣装を身に纏った女性たち。
そんな女性をエスコートしようと、自分を懸命にアピールする男性。
広場では物売りのおばちゃんが、声高らかに客寄せをしている。
そんな喧騒さえも平和の象徴のように思えて、アレンは頬を綻ばせた。



「けど僕、神田が立ち寄りそうな場所なんて、
 まったく見当もつかないんだよねぇ。
 いかに神田のこと知らないかって思うと、今更ながらへこんじゃうよぉ……」



アレンは独り言をいいながら、当てもなく街の喧騒を掻き分けて歩いた。
 

確かにアレンは神田のことを殆ど知らない。
自分より先に教団でエクソシストをしていて、
六幻という恐ろしく強いイノセンスを持っていて。
無愛想で口が悪くて、任務の事となると容赦なくて。
けど、時折くれる言葉がとっても優しかったり、
何気なく触れてくれる指先がめちゃくちゃ嬉しかったりする。
 

最近、意地悪で怖い印象だった彼の表情が少し和らいだ気がするのは、
気のせいだろうか。
何となく彼に受け入れてもらったようで、
それが嬉しくてもっと傍に居たいと思ってしまう。
 

今日だって神田が街に出ていると聞き、
偶然会えるのを期待してこうして街まで出てきている。
まるで、一歩間違えばストーカーだ。



「うぅん……考えれば考えるほど、自分のしてることが訳わかんなくなってきちゃった。 
 何で僕、こんなに神田に会いたいんだろ? 
 なんか、会いたい会いたいって思ってたら、幻覚まで見えてきちゃうし……」
 


ふと、遠くに見えるそれらしき人影。
均整の取れた身体にスラリと伸びた肢体。
頭上で一つに纏められた綺麗な黒髪。
教団のコートさえ着ていないが、後姿で彼と判ってしまう。
 

だがアレンがその姿を幻覚だと思ったのは、
彼を見かけたその場所が場所だったから。
 

そこは昼間こそ賑わいを欠いているが、
夜ともなると街一番の賑わいをみせる場所。
俗にいいう売春宿や置屋が立ち並ぶ歓楽街への入り口だったからだ。



「まさか……こんなトコに神田が居るはず……ないよね?」
 


現実的に考えれば、神田とて健全な青少年だ。
休日を利用して、色気のない教団を抜け出し、
ここで鬱憤を晴らしているというのも考えられないことではない。


おまけに隣には、小奇麗なマントを羽織った女性がいる。
華奢な身体に纏った翡色のマントは、
彼女が歩く度に軽やかに足元を掠める。
その裾から覗く白いレースが、街並みに添わない上品さを醸し出していた。

ここからは顔までは見えないが、
身のこなし方からして多分とても綺麗な女性だろう。
 

あの神田が事もあろうに歓楽街に、それも女性を伴って歩いているなど、
真夏に雪が降るほど考えられなかった。
 

次の瞬間、不揃いな道端の石畳につまずいて、
女性が危うく倒れそうになる。
すると隣を歩いていた男性が、咄嗟に女性を庇おうと、その肩を抱いた。
 

怪我はなかったかと、男が正面から女性を覗き込んた瞬間、
遠目からもその人とわかる、切れ長の黒い瞳がアレンの瞳に入り込んだ。
 


───カ……カンダっ?



不意をつかれ、アレンは軽い眩暈を覚える。

 
何故神田がこんな場所にいるのか。それも女性と一緒に……。


考えられる選択肢はそう多くはない。
故意に考えたくない可能性を除こうとすると、
すればするほど最悪の状況が頭を擡げてしまう。
 


まさか、神田に恋人がいた? それとも……? 



想像しただけで、胸の奥底からどす黒い何かがこみ上げてくるのを感じる。


アレンは密かに二人の後をつけ、二人が行く先を探し当てた。
神田が女性を気遣いながら入った先は、街外れの小さな一軒家だった。



「あの、すみません……この家に住んでいる方は、どんな方かご存知ですか?」
 


家の前を通りかかった近所の人に恐る恐る訪ねると、
婦人は気さくにアレンの問いに答えてくれた。



「あぁ、あそこの家は、つい最近越してきた若夫婦が住んでるみたいだね? 
 姉さん女房で、奥さんの方はもうすぐ赤ちゃんが産まれるみたいだよ?」
 


その言葉に、鼓動が物凄い勢いで早さを増す。
 


──ウソだ! ウソだ、ウソだ、ウソだっ!
 


否定すればするほど、目の前の現実が重く圧し掛かる。
神田が自分以外の特定の誰かを愛し、見つめ、その手で触れる。
そう考えただけで身の毛がよだち、嫌悪感に吐き気さえする。
絶対に許せないという何かがアレンの中を支配した。
その持ちは、もはや恋愛感情以外の何者でもない。



──僕は神田が好き。それも明らかな恋愛感情でだ。



自覚した途端に失恋というのは、何ともマヌケな話ではないか。



「……はっ……はははっ……」



あまりの衝撃と情けなさで、アレンはヨロヨロと歩き出すと、
人気のない道端の軒下に座り込んだ。
そうしてどのくらい呆けていたのだろう。
辺りが薄暗くなるまで、アレンは同じ場所に座り、ただぼーっと空を見上げていた。
 

考えてみれば、神田ほどの男に特定の相手がいないことのほうがおかしい。
文句のつけようのない綺麗な顔立ちに、鍛えられた身体。
真面目で無口な面立ちは、
世の女性から見たら涎が出るほどカッコ良く見えるに違いない。
 

そんな彼が恋をして、それが実を結んだのだ。
明日をも知れない命だからこそ、愛しい人の身に宿った新しい命を、
きっと心から喜んでいるに違いない。
 


───そうだよね……男の僕だって好きになっちゃうぐらいだから、
女性が夢中になるのも無理はないよね。
おまけに相手のお腹には、神田の子供までいるって言うんだから、
もう僕の出る幕なんてないじゃない。
 


ぎゅっと両腕を握り締め、自分で自分の身体を強く抱く。
打ち消そうとする想いが激しく胸を貫いた。
もう、悲しいやら情けないやら、
色々な想いが入り混じって頭の中がぐちゃぐちゃだ。
瞳から溢れ出す涙は、頬を濡らし地面へと絶え間なく落ちていく。
どれだけ泣けば、涙がこの想いを洗い流してくれるというのだろう。
それは今のアレンには途方もなく続く、永遠の時間のように感じられた。


 
















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